助成先訪問 No.010
子ども伸ばす無料の個別指導 市内の学力格差解消に取り組む
高槻つばめ学習会
訪問日 2025年1月18日
大阪と京都のちょうど中間にある大阪府高槻市。ベッドタウンとして発展し、人口は35万人を数えます。ここに2016年、高槻つばめ学習会が開講しました。
毎週土曜日の午後、市内の城内公民館などで中学生を対象に無料の学習支援を行っています。生徒は20人、登録講師は53人を数えます。大学生から定年退職後の60代まで講師の年代は幅広く、社会人経験も豊富で、文系も理系もいるバランスの良さが特徴です。


スプレットシートで生徒の学習状態を確認
午後1時前、この日の会場である市生涯学習センターの研修室に、生徒と講師それぞれ十数人が集まってきました。席に着くとすぐに学習を開始します。生徒の理解促進と講師のモチベーション維持のため、個別指導を原則としているそうです。毎週、生徒と講師の顔ぶれを見て、配置を決めます。講師は教材や教え方にそれぞれ工夫を凝らし、学習の進度や生徒の理解度は、メーカーエンジニアだった講師が独自に作成、設定したクラウドのGoogleスプレッドシートで常に共有しています。講師が替わっても、これで前回までの生徒の課題や学び残しを把握し、すぐ当日の学習に取りかかれます。スプレッドシートには、プライバシーに関わる情報の入力を極力控えながら、公立中学校の教科書に記載されている章立てに沿った項目に、学習の進捗とコメントを入力できるようになっています。生徒がふと講師に漏らした「将来の夢」「家庭や学校についてのボヤキ」などもエピソードとして記載されることがあります。


暗記だけじゃない、解き方のコツを個別指導
中3は12月以降、午前中に時間を計って高校入試の過去問に挑みます。午後は自己採点した結果をもとに、間違えたところ、分からなかったところを講師と一緒に解いていきます。
ある女子生徒は英語の5W1Hが苦手。「whoは誰。ではwhoseは?」の問いかけに、「誰……に?」。女性講師は「惜しい!誰の」と正し、単語カードを使って覚えていくように促しました。
講師とともに数学に取り組む別の女子生徒は、標本調査の概念や比例式は理解できていたのに、計算を間違えて不正解でした。男性講師は「なぜ、計算を間違えるか。問題用紙の隅っこに小さく計算式を書くからだよね。裏返して大きく描いたら、楽勝で10点上がるよ」と秘策を教えました。


学習習慣を身に付けさせることがミッション
同市には、私立中学を受験する子もいれば、公立高校の受験も難しい子もいるなど、学力の格差が激しいそうです。親の教育への関心や、子どもが勉強を「わかる」と感じられたかどうかが、中学校で大きな差になります。その差を埋め、成績を上げることを通じて自己肯定感を高める。ひいては生徒が中退せずに高校を卒業するよう、学習習慣を身に付けさせることが、高槻つばめ学習会のミッションです。
生徒募集はSNSと口コミが中心で、ある程度、子どもの教育に関心がある世帯が中心になりがちで、本当に必要な層にリーチできているかどうか、常に課題を意識しながら試行錯誤を繰り返しているそうです。


多彩な講師が外国にルーツのある子どもにも対応
近年は外国にルーツのある子どもの入塾も増えてきました。4ヶ月前に入塾した小6と中2のネパール人の姉妹は、最初全く日本語がわかりませんでした。そういう子ども達にも学習会では日本語に慣れさせるため、敢えて日本語で教えます。日本語の数学や英語の問題を解きながら、時には講師が簡単な英語や日本語に言い換えるなどして、日本語を身に付けていったと言います。日本語指導ができる講師もおり、手厚い体制で臨んでいます。


間に休憩をはさんで約80分の授業を2コマ。前半と後半では講師と生徒の組み合わせを変えます。生徒たちはトイレに立つ以外は最後まで集中して、課題に取り組んでいました。マンツーマンの良さが生きています。
午後4時以降は、任意で延長学習もできます。企業のSEなど、「本職」が教えるプログラミング講座などが開かれ、好評だそうです。何か一つ、得意なものを見つけて自信をつけると、成績が全般に上がってくる。延長学習からはそんな手応えも生まれています。


プログラミング講座では「マイクロビット」を使って、プログラミングのしくみを学びます。
インタビュー

家庭にはない「文化資本」の提供も
心がけたい/
努力が実を結ぶ社会であってほしい
代表・大西幸夫(おおにし・ゆきお)さん(71)/
副代表・森典子(もり・のりこ)さん(56)インタビュー
——つばめ学習会に参加した経緯について
大西大学は教育学部でしたが、教職課程も取っておらず、メーカーに就職し、2019年に66歳で退職しました。もう1回勉強しようかと思い、母校の教育学部の聴講生になりました。そこで教育社会学を履修し直し「教育格差の再生産・貧困の連鎖」に関心を持ちました。
高槻では2016年、市のケースワーカーだった茶山敬子さんが「貧困を脱するために教育が必要だ」とつばめ学習会を始めていました。学生時代には家庭教師をよくやったこともあり、「教えること」で何か貢献できないかと考えていた時に、ホームページで会の活動を知って、加わりました。
森男の子3人の母親です。創始者の茶山さんのママ友で初期から加わりました。子ども達の中学受験を家庭学習でフォローし、教えることの面白さに目覚めたのがきっかけです。一方で、中学受験は難関校クラスだと朝9時から夜9時まで。家庭の経済状況にも左右され、誰でもできることではないことに気づき、疑問を持ちました。子どもたちが努力を競い、報われる社会になってほしいと考え、つばめの講師になりました。
——無料塾という形式について
大西個別指導の無料塾には、有料塾とは違った良さがあると思います。私は中1から高3まで、近所の家庭塾に通いました。「そこなら月謝が出せる」と親が言ってくれて通い始めました。先生は1人でしたが、キング牧師の演説など英語原文の和訳にトライしたり、色々な本を課題図書として読まされたり、クラシックからポピュラーまで多様な音楽を聴かせてもらうなど、自分の家庭には全くなかった「文化資本」を提供してもらったと改めて思います。この指導法は無料塾であるつばめ学習会ならいつか実践できないか、と思っています。
森大阪は進学校を受験するためには、中3で英検2級を取っていないといけない。このため教科書に沿った学習のほかに、英検の受験指導にも力を入れています。外国人の講師と私が、面接や英作文を個別に指導したこともあります。今一つやる気が出ない生徒を奮起させようと、「私は英検1級を目指す」と宣言して、競って勉強し共に合格しました。


——つばめ学習会の強み、苦労している点などについて
大西講師の経歴は多彩で、そのリソースを生かすことを優先しています。キャリアを生かした独自の教材作りや運営補助などを多くの講師が積極的に行っていて、それも会の強みです。一方で、講師のモチベーションの維持が最大の課題です。生徒の成長・変化をつぶさにみられることが必須と考え、可能な限り個別指導のスタイルを貫いています。その際に課題となるのは、生徒の出欠状況です。無料塾であるため、登録したはいいが来ない子もいます。「無断欠席が続くと退会してもらう」というルールを入会時に、生徒・保護者に説明しています。
有料化も法人化もしないことで、「目先の成果を期待されない分、思い切った指導ができ、公平公正に縛られすぎない」というメリットがあります。一人ひとりの子どもに合った教育を実践できているという手応えがあります。
外国にルーツのある子の日本語指導、発達障害の子どもたちの学習支援にも取り組んでいます。教室を走り回っていた子が、今は3時間、集中して学習している。そういう変化が講師のやりがいにつながっています。
森偏差値がそれほど高くない高校に進む子もいますが、大学入学の子とは違う道筋でも、手に職をつけ「飯の食える大人」として育ってくれたらいいと願っています。普通科だけでなく、工業高校や商業高校にも私が学校見学に行き、「興味があれば、こういう進路もあるよ」とつばめのホームページで紹介しています。大学ではなく、専門学校に進学する子も多いので、奨学金についても分かりやすく案内できるようにしています。競争社会でしんどい思いをしている子を、学習支援で競争社会に戻すことに矛盾も感じます。でも、ここには善意の大人がいる。何かあったら頼っていいよ、と子どもたちに伝えることができたらいいのかな、と。

ご見学、インタビューにご協力下さった運営スタッフと(左より)
後列(樫の芽会):村野選考委員長・林選考委員・山北事務局長
前列(運営スタッフ):中村様(IT担当)・大西代表・森副代表・河野様(教務担当)
毎日、子どもたちに教わることばかりです
ボランティア講師 深石葉子(ふかいし・ようこ)さん(57)インタビュー

2017年から当会に参加しました。大阪の府立高入試では、自己PRの作文を書かせるんです。最初はその指導。2021年にフィリピンにルーツのある兄弟2人が生徒として入ってきてから、大学院で学んでいる日本語教育を生かしてサポートに入るようになりました。今はネパールから来た姉妹を教えています。
日本語の理解は、兄弟姉妹でも取っ掛かり、内容、到達点が全く違う。全てがオーダーメードです。彼らは言葉や文化の壁があって、友達との話題に入っていけない。フィリピンの兄弟は保護者の方が仕事が忙しく、子育てに時間が十分に取れないことも多かったです。こういう子たちにとってつばめが安心できる居場所であってほしい。
英検の受験申し込みを一緒に行い、支払いまで確認するなど、生活面での支援もしています。日本人の生徒さんにはここまで関与してはいけないのですが、代表らから特別に許可をいただいて行っています。
言語を習得する際、「書く」ことが一番難しい。子どもたちに、いきなり「書きなさい」と言ってもやる気が出ない。作文では、まずエピソードを話してもらい、「おもしろいね」と共感して、そこから楽しく書けるように導きます。ただ、話してくれるようになるにも1ヶ月近くかかります。まずは信頼関係を築くことが大事。「ここでは間違ってもいいんだよ」と伝えたところ、急に日本語でしゃべり出したこともありました。
子どもたちはすごく伸びるんです。ここで勉強しないと、どこでも教えてもらえないという気持ちがある。今の学校教育が対応できていない子と1対1で向き合うことで、子どもの学びたい気持ちをより強く感じます。
つばめにしかない やりがいがあります。毎日、子どもたちから教わることばかりです。
社会人1年目のボランティア、
この経験は仕事にも活きた
ボランティア講師 西出虎之介(にしで・とらのすけ)さん(24)インタビュー

昨年春、システム開発会社に入社したシステムエンジニア(SE)です。高槻市のボランティアセンターでつばめ学習会を知り、昨年7月から、講師として参加するようになりました。
大学時代は学生とアルバイトという二つの世界がありましたが、今は会社だけ。関わるのは仕事の人だけ。しかも週5で在宅勤務。全く別の分野で人と顔を合わせる場所を増やしたかった。中学の友だちや大学の恩師が僕を助けてくれたように、僕も誰かを助けたかったという動機もありました。
ここには色々な子どもたちがいて、それぞれ配慮することが違います。他の講師の教え方を横目で見ながら、試行錯誤しています。最初に個別指導した子は全く喋らなくて、苦労しました。教室の前半と後半で受け持つ子が変わり、子どもによってタイプや接し方が全く違うことにも驚きました。ここでは自分が「普通」だと思っていることを疑い、口に出さないように心がけています。色々な状況の子どもが通っており、傷つける可能性があるからです。
年が若い利点はあります。アニメやゲームの話題は他の講師より詳しく、子どもの食いつきがいい。子ども同士のけんかについて相談されたこともあり、人生のちょっと先輩として見てもらえているのかな、と感じます。SEは中学生の時からの夢でした。「がんばれば夢はかなう」ということも中学生に見せてあげたいと思っています。
ここでの経験が仕事の方にもかなり活きています。打ち合わせで会社の偉い人と喋るときにもあまり緊張しなくなりました。別の居場所を持っていると安心でき、自尊心も高まったんだと思います。普段、子どもたちにわかりやすく教えようとしているので、仕事でも、ITに疎い人にもわかりやすいプレゼンをできるようになりました。
高槻つばめ学習会
- 創 設
- 2016年5月
- 代表・副代表
- 大西幸夫・森典子
- 開催場所・日時
-
高槻市城内公民館、高槻現代劇場、市生涯学習センターなど (会場の予約状況により変更され、事前に周知される) 毎週土曜日 13時〜16時(延長学習は17時45分まで)
- 対 象
- 20人(小6〜中3 経済的な理由で通塾できない生徒)
- ボランティア講師
- 登録講師53人(うち大学生12人、50代13人、60代14人)